城巡り①

1月2日の岡山県の『鬼ノ城』以来、また岡山の城にドライブして来ました。『備中松山城』と『備中高松城』です。この2城と『鬼ノ城』は、けっこう近くにあって、3城まとめて城巡りできると思います。でも、今回は『鬼ノ城』には、もう行ってますので、『鬼ノ城』以外の『備中松山城』と『備中高松城』を巡りました。今回は城巡り①として、『備中松山城』をアップしたいと思います。
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まずは、備中松山城が俯瞰できる『備中松山城展望台』に行きました。タブレットのカメラなので、遠すぎてよく映ってませんね。写真、右端に備中松山城が映ってるんですが、わかりますか?
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備中松山城展望台から下の降りてくる道路の途中で高梁市がよく見えるポイントがありましたので、撮ってみました。
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高梁市内にある岡山県立『高梁高校』には備中松山城の石垣が残っています。備中松山城天守はこの高校の遥か上なんですけどね。
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備中松山城から最寄りの『ふいご峠駐車場』は駐車スペースが5~6台分くらいしかないので、よほど早朝に着いて車を置いて備中松山城の開城を待つか、それ以外の時間帯なら自分の強運に賭けるしかないです。ただし、土日、祝日は『ふいご峠駐車場』は完全に乗り入れ禁止なので、下の専用駐車場からシャトルバス(往復400円)を利用して、『ふいご峠駐車場』まで行き20分くらいかけて備中松山城天守まで行くか、この駐車場から歩いて備中松山城天守まで行くかになります。でも、この駐車場から歩いたら天守まで1時間30分はかかりますよ。『ヤマノススメ』をやりたければどうぞ(笑)とある星人さんなら大丈夫だと思いますが(笑)
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『ふいご峠駐車場』から備中松山城天守への登山口です。登ってみてわかりましたが、私にとっては登山でした。
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下の駐車場が、かなり眼下に見えます。
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山道を歩くこと15分くらい、やっと備中松山城の石段が見えてきました。ここまでくれば天守はあと一息かな?
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備中松山城の狭間です。
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着いたぁぁぁ!備中松山城天守です。現存12天守中、唯一の山城。ここまで攻め登ったら、たとえ、昔の人がいくら健脚でもたぶんヘロヘロ、戦をやる気なんか失せていたと思いますね。
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この城には現存12天守でこれも唯一、御城主様がいらっしゃいます。この方が備中松山城城主「さんじゅーろー」様です。
あれ?さんじゅーろー様、おやすみでいらっしゃいますか!?
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「おう!よく来たなぁ~」、おやうれしいことです。起きてくださいました。断っておきますが、私はさんじゅーろー様に何もしてませんよ。
『ゆるキャン△』第2話を見て以来、早く会いたかったです。ちなみに、さんじゅーろー様は5歳、人間でいうと36歳くらいだそうです。まだまだお元気でいてくださいね。
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御城主様にあいさつしたところで、城におじゃまします。小さい天守ですが、屋根の破風と二段目の唐破風が見事ですよね。
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城に入ると、この囲炉裏が真っ先に目につきます。暖をとったり、城主のための料理を煮炊きした所と言われてます。
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この城主一覧に「江戸時代」1694~1695浅野氏の名前があるのがわかりますか?それまで城主だった水谷(みずのや)氏に継嗣がなく三代で改易になり次の城主が決まるまで、あの!浅野内匠頭が赤穂城主兼任で備中松山城も任されたようです。城の受け取りには内匠頭の代理として大石内蔵助が赴き、水谷氏家老も内蔵助という名前であったことから、話しがスムーズに進み、城の受け渡しもスムーズにいったという逸話があるそうです。
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幕末の備中松山藩主「板倉勝静」(いたくら かつきよ)(左側の人)です。説明によると、徳川幕府の老中首座で土佐藩からの「大政奉還建白書」を直接受け取った人なのだそうです。備中松山藩主は幕府の高官だったんですね。備中松山藩と土佐藩の意外な繋がりがわかって興味深かったです。これだから歴史はおもしろい。
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現存天守の特徴であるハシゴのような階段です。私は登るより降りるのが怖い(笑)
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天守最上階に上がって来ました。
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天守最上階からの景色です。上の写真は遥か下に高梁市内が見えます。
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備中松山城の石落としです。私は石垣や櫓も好きですが、狭間や石落としのような敵を攻撃するために作られた仕掛けも好きですね。
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ここからは、天守の周りの門や櫓や石垣をアップしてみたいと思います。
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天守の周りの現存の建物も歴史を感じさせますね。やっぱり、現存の城は国民の財産だわ。
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さて、帰り路にはこんな立て札がありました。さんじゅーろー様のメッセージでしょうか(笑)これは、いたみいります。(笑)また、御城主に会いにきたいですね。私、猫好きなもので。
次回は『備中高松城』をアップしたいと思ってますので、どうぞよろしくお願いします。以上、今回は『備中松山城』でした。

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この記事へのコメント

2021年02月14日 21:00
坂の上の蜘蛛さん、こんばんは。登城、お疲れ様です!(笑)。
上から4、5枚目の展望台から撮った写真を見てちょっと驚きました。私が軽登山によく利用している、龍野や山崎の山から麓を見た景色によく似てるんですよね。
さんじゅーろー様、可愛いですね♪癒されますw
私も猫好きなのでたまりません。
ぽこぽこ
2021年02月14日 22:01
この高さがイケたなら赤城山の地蔵岳もイケるな。
次回、関東遠征はリアル「ヤマノススメ!」にチャレンジだ。
(「ろんぐらいだぁす!」の雛子ちゃんと紗季ちゃんのノリで)(笑)
2021年02月14日 22:02
とある星人さん、コメント&気持玉ありがとうございます。
ホント、疲れました。日頃運動してないので、山城はキツイです。
岡山は兵庫の隣ですからね。龍野は岡山との県境に近いですし、地形が似ていても不思議じゃないですよね。

さんじゅーろー様、前に友人が行った時はずっと寝てたそうです。「全然!起きてくれなかった」と言ってました。
やっぱり、猫好きじゃないとサービスしてくれないんですよ(笑)
2021年02月14日 22:11
ぽこぽこさん、コメントありがとうございます。
いえいえ、登ったのは『ふいご峠駐車場』からの20分くらいの山道だけですから、赤城山の地蔵岳なんて無理ですよ(泣)それでも、私にはけっこうキツかったです。帰りは途中で猿に出くわして怖かった。なるべく目を合わせないようにして降りましたよ。
ぽこぽこ
2021年02月15日 08:13
冗談ですよ。(笑)
でも、天覧山なら大丈夫ですよ。
次に飯能に行く機会があったら是非どうぞ。
夜桜お八
2021年02月15日 08:13
坂の上の蜘蛛さま
 やはり備中高梁でしたか。私はふいご峠までマイカーで登ってから歩きました。「天守までクルマで行ける」と勝手に思い込んでいた関東人にとって、その後は地獄。おまけに真夏。

 山陽地方の城でもう一つ思い出すのは福山城(広島県)。新幹線の駅前にある天守。余談ですが、昨日の『青天を衝け』に出てきた老中・阿部正弘(ペリー来航時の老中)は福山藩主です。いつか再訪したいです。

 暖かくなったらドライブに出たい。

 
夜桜お八
2021年02月15日 08:46
 こんなのを見つけました。
 https://www.youtube.com/watch?v=IorpGuYCSWA

 令和の御代の築城問題。昭和戦後期、鉄筋コンクリートで外観復元された各地の城(天守)が老朽化する時期を迎えています。木造復元には意義があるが、やはり財源問題という壁にぶち当たる・・。

 
2021年02月15日 09:33
ぽこぽこさんへ、天覧山ならいけると思います。『ヤマノススメ』でもあおいちゃんやひなたちゃんが制服で行ってたくらいですからね。

それと、ブログ拝見しました。パイプオルガンのあるコンサート会場というと『すみだホール』でしょうか。
私も高知でN響の演奏会があるようなので、NHK高知放送局のホームページを調べたいと思います。コロナ禍ですから開催が微妙だとは思いますが。
2021年02月15日 09:45
夜桜お八さん、コメントありがとうございます。だいたいの城は天守の近くまで車で行けますし、仮に伊予松山城のような城でもロープウエイがあったりしますからね。
『ふいご峠駐車場』まで車ないしシャトルバスで行けば、あとは宇和島城とそんなに変わらないかなとも思いますが、真夏に行くのは覚悟がいると思いますね(笑)

頑丈に見えるコンクリート製の復元城も限界があるんですね。名古屋城も天守に入れないんですか!?
福山城もそうらしいです。藩主は阿部家ということですが、忍城の藩主だった阿部家と関係があるのでしょうか?
夜桜お八
2021年02月15日 11:07
坂の上の蜘蛛さま
 ネットでパッと(雑に)調べると、忍藩の阿部家は分家のようです。福山藩阿部家は本家の流れ。福山城は確か鉄筋製でしたが、あまり記憶が無くて。新幹線の待ち時間に慌ただしく訪れただけ。

 名古屋城天守の木造復元にストップがかかってるのは、石垣(天守台)の強度に問題があるからです。昭和二十年五月の名古屋空襲で天守が焼失した際、焼夷弾の高熱で石垣が随分傷んだ。今の鉄筋天守は天守台に打ち込まれたコンクリート製基礎の上に建っており、石垣への負担はかなり軽いそうです。

 木造天守のような超重量物を載せたら、石垣が持たないかもしれない恐れがあるんでしょう。姫路城天守群の重量は五千トン強。かつての軽巡洋艦一隻の重さ。凄い重量です。

 名古屋城は本丸御殿が復元されましたが、代わりに天守が立入禁止に。時間はかかっても、濃尾地震に耐え抜いた木造天守を是非復元して欲しいものです。



 
クラシックY
2021年02月15日 14:47
本格的な山城攻め、お疲れ様でした
これはなかなかの難敵ですね
天守に取りついた時には「御城主様」に大層癒されたでしょうね(笑
因みに御殿は何処にありました?
一々登っていては、城主も家臣も大変ですよね(笑
僕も今後の城攻めとしては亀山城(現在、コロナ禍で見学停止中)、和歌山城を狙っております

「青天を衝け」始まりましたね
映像が素晴らしくて感動しました
下手な映画とはレベルが違う程の豪華さ(しかもこれ見よがしではなくて、さりげなく「豪華」
暗い場面も4Kの実力が炸裂(美しい!
栄一の村とその周辺は全てオープンセットだそうです(CGじゃない!
衣装も美術も最高…どんだけカネ掛かってるんだ(笑
キャストも好きな人ばかりでワクワクしかありません(子役たちが凄いですねw
政治家や軍人ではなく、「民間人」目線で描くこの時代…勉強を兼ねて、毎週欠かさず観たいですね
因みに音楽がヤマト実写版の佐藤直紀(笑

夜桜お八様
地震、大変でしたね
ご無事でなりよりでした
もう勘弁して欲しいけど、こればかりはどうにもならん(苦笑
部活の交流行事で飛鳥とは、なんともシャレオツですね
僕も一度飛鳥に宿泊して、あの地の早朝の空気を吸ってみたい
水戸藩の演習シーン、凄かったですね
竹中直人の水戸烈公、楽しみです
またこの時代の解説をよろしくお願いいたします☆
PS、大和八木から新宮迄のバス走破…ちょっとしたインディ・ジョーンズ気分ですねw
2021年02月15日 20:33
山の上のお城と言えば、岐阜城とか、犬山城を思い出しましたが、このお城、見学するには登山付きって感じですね。
夜桜お八
2021年02月15日 22:16
 『青天を衝け』、しょっぱなから凄い人物が登場です。高島秋帆(玉木宏)。西洋砲術の専門家ですが、調べてみたら岡部藩に幽閉された史実が確かにありました。幼い渋沢栄一が偶然それを見、岡部の牢獄で秋帆と言葉を交わしたというドラマ設定。藩といっても岡部藩は小さくお城はありません。藩主は陣屋に住んでいます。
 栄一の住む血洗島(埼玉県深谷市 JR岡部駅下車)は、岡部藩領。

 余談ですが、その秋帆の弟子が後の陸軍技術審査部長・有坂成章中将(岩国藩士)。有坂ライフルで有名な三十年式歩兵銃(日露戦争を勝利に導いた世界最高水準の名歩兵銃)を開発した人です。

 ホンネを言えば、戦国より幕末の方がドラマチックに感じます。やはり大砲、それも炸裂弾を発射する大砲の登場くらい日本人にショックを与え、日本の歴史を変えた事件はなかったと思う。
 そのショックは鉄砲伝来の比ではなかったでしょう。

 烈公斉昭がやがて大老井伊直弼と対立(将軍継嗣問題etc)を深めること、水戸藩の尊王攘夷過激派(後の天狗党)が渋沢栄一と接点を持つことなど等、どう描かれるか実に楽しみです。
 
 『ガルパン』巡礼も兼ね、また水戸へ行きたくなってしまう(笑)。
2021年02月16日 00:04
夜桜お八さんへ、忍藩の阿部家は福山藩の分家ですか。
今の広島県は〇〇の本家という藩がありますね。広島藩は浅野の本家ですしね。

名古屋城の石垣は木造天守の重さに耐えられないんですか!
木造建築の城って、ひょっとしたら鉄筋コンクリート造りの城より頑丈かも?と思ってしまいます。

大河ドラマ『青天を衝け』は、まだ見てないですがヴェルニー公園に胸像がある小栗上野介忠順が登場すると聞いてますので、誰が演じるのか楽しみです。勝海舟は登場しないのかな?

2021年02月16日 00:15
クラシックYさん、コメントありがとうございます。はい!えっちらおっちら山道を登って、城門をくぐるとそこにさんじゅーろー様がいらっしゃいました。癒されましたよ。登城の甲斐がありました。しかも、寝てたのに、わざわざ起きてくださいました(笑)
一応御殿は天守の所の「管理事務所」がさんじゅーろー様の御殿ですが、夜はどこにお帰りになるのかわかりません。
ちなみに、さんじゅーろー様の家臣は管理人のおじさん一人みたいです。

でも、夜桜お八さんのおっしゃる通り、備中松山城への登城は今がベストだと思います。真夏はやめといたほうがいいかもです。
2021年02月16日 00:19
nas-nasさん、コメントありがとうございます。岐阜城や犬山城にはまだ行ったことがないですが、備中松山城はこの二城より登城するにはキツイと思いますね。

下の駐車場から歩きで天守まで登って来たお客さんも「帰りだけは、シャトルバスに乗せて下さい」と言う人が多いようです。
でも、料金は往復分(400円)を取られますけどね。
2021年02月16日 09:45
坂の上の蜘蛛さん、おはようございます。
立派な山城、登るだけで、息が上がってしまいます。
なので、天守からの眺めは最高のご褒美になるんでしょうね。
2021年02月16日 14:25
日々散財さん、コメントありがとうございます。本当に息が上がりますよ。自分が日頃、いかに運動をしてないか思い知らされる城です。
でも、天守からの景色と御城主様に会えば、苦労は報われますけどね。
夜桜お八
2021年02月16日 20:45
 岐阜県の城は、岐阜城(旧稲葉山城)、大垣城、郡上八幡城くらいですね。岐阜城は確かロープウェイで登れます。

 実は金華山の頂上にある現・岐阜城は関ヶ原の前哨戦で落城(城主は信長の孫・織田秀信。清須会議で羽柴秀吉が織田家の後継ぎに推した三法師)したのち廃城になりました。徳川期の岐阜は「加納城」の城下町。

 大垣城は空襲で焼け復元。郡上八幡城はクルマで登れるが模擬天守。ただ眺めは最高です。郡上八幡は「これぞ城下町という」場所で、名水と郡上踊りで有名な所。

 残念なのは私の父祖の地・高山城が破却され残っていないこと。高山が幕府直轄領(御領 明治になって天領と呼ばれた)になり陣屋が置かれた時、廃城→破却の運命に。
 城があればいい観光資源になったのに。

 そう言えば岩村城跡とかもあった・・。でも行ったことがありません。

 

 
2021年02月16日 21:37
夜桜お八さんへ、犬山城は岐阜県かと思いましたが、犬山市は愛知県でしたね。

岐阜城、大垣城、郡上八幡城、いずれも行ってみたい城ですが、まだ実現できそうにないですね。
そう言えば、ネットの御城印サイトで調べてみたら、水戸城の御城印が発売されてるみたいです。弘道館内の売店で販売してるそうです。弘道館というと水戸藩の藩校でしたよね。今度の関東旅行では是非とも見学したいです。

それと、現在放送中の大河ドラマ『青天を衝け』ですが、幕末の飯能戦争に渋沢平九郎という渋沢栄一の養子がいたらしいんですが、『青天を衝け』では飯能戦争が登場するのか期待してます。
夜桜お八
2021年02月17日 07:46
坂の上の蜘蛛さま
 飯能戦争の舞台になった能仁寺は、確か『ヤマノススメ』セカンドシーズンのOPにも出てきたと思います。渋沢平九郎は尾高惇忠の弟。飯能で敗れた後自決しましたが、栄一の従弟・成一郎(喜作)と尾高惇忠は箱館(函館)まで逃れ、榎本武揚と共に戦います。

 栄一は一橋慶喜に仕え、やがて慶喜の異母弟・昭武に随行してフランス(パリ万博)に渡航。『徳川昭武 万博殿様一代記』(中公新書)という本があります。古い本ですので図書館で読むしかないと思いますが。
 ドラマはまだ始まったばかりですので、次回は是非。

 話が逸れましたが、『ヤマノススメ』聖地巡礼時に入ってみた飯能市立博物館には飯能の戦いについての展示はほんの少し。それだけ小さい戦闘だったし、戊辰戦争全体から見ればローカル事件。
 でも大河が取り上げれば、飯能へ行く人が「ひょっとすると」増えるかも・・。

 大河ドラマ館が早速、深谷市にオープンしたそうです。