ありがとう関東、楽しかったです。

ただいまです。高知に帰還しました。
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旅行最終日は、小田原城に行く前に『青ブタ』(青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない)と『かくしごと』のミニ聖地巡りをして来ました。
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さて、この旅行でしていた時計は・・・でぇ~キメ!なんてね。nas-nasさんのブログをリスペクトさせてもらいました。でも、nas-nasさんがブログにアップしてるような良い時計じゃないんですけどね。リーズナブルな、値段は聞かないで欲しい時計なんです。

帰って来たばかりだけど、またおじゃましたいです。関東に。今度は大洗かな!

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この記事へのコメント

ぽこぽこ
2020年09月22日 22:28
遠征、お疲れ様でした。
無事帰還の知らせを聞いて、私もほっとひと安心。
これで「ぽこぽこってヤツの口車に乗って、埼玉くんだりまで行かされて、酷い目に遭った」と言われなくて済みそうです。(笑)

2020年09月23日 06:35
ぽこぽこさん、コメントありがとうございます。いやいやとんでもないです。私としては、かなり有意義な旅行だったなと思ってます。
関東と言えば東京だという感じですが、東京以外でも見るべき所がたくさんある地域だと認識しました。
夜桜お八
2020年09月23日 07:07
坂の上の蜘蛛さま
 御安着何よりです。お疲れ様でした。『青ブタ』聖地は藤沢・江ノ島ですか。湘南海岸を西進すると小田原ですが、休日は渋滞がひどくてクルマは使えず。

 小田原城は数年前の大修理で一新したそうですが、私は行っていません。建物の復元も進んでいて戦国時代(後北条氏)の遺構もかなり判明してきているらしい。想像以上の巨大な城だったと。武田信玄や上杉謙信を撃退した城です。

 余談ですが、小田原攻めに失敗し甲斐へ引き返す信玄を北條氏康が追跡し、追いついて激突したのが三増峠(みませとうげ)の戦い。
 戦国最大の山岳戦と言われています。

 昔、古戦場に行きました。当時の地形が良く残っています。神奈川県愛甲郡愛川町。
2020年09月23日 07:19
夜桜お八さん、コメントありがとうございます。小田原城、復元城とは言え、感激しました。
今まで、城めぐりをしてきましたが、こうして見ると高知城は本当に堀が残ってないなぁ~と改めて思いました。
2020年09月23日 09:41
私もぽこぽこさんのブログ拝見しました。『埼玉のトリセツ』、おもしろい本を見つけましたね。
西武鉄道にも廃線となった路線があったんですね。
夜桜お八
2020年09月23日 18:06
 関東に台風接近中。明日は大雨という予報ですから、坂の上の蜘蛛さまは幸運でした。

 ひとつ訂正。気になって調べたら、三増合戦(三増峠の戦い)で武田信玄を追撃したのは北條氏照以下でした。お詫びして訂正します。戦国史全体から見ればローカルニュースでしょうが、これほど大規模な山岳戦の戦例が他になかったので戦史に名を留めている。

 東京から100kmも走れば平野が終わってしまう山国・日本に、山岳兵という兵科がなかったのは不思議です。想定戦場が満洲・シベリアの大平原でしたから当然かもしれませんが、大東亜戦争は熱帯のジャングルか山岳地帯が戦場でした。本来なら山岳兵の出番だったのに、歴史とは皮肉なものです。

 
2020年09月23日 18:48
坂の上の蜘蛛さん、こんばんは。

お疲れ様でした。

後ほどの旅ブログのまとめを楽しみにしています。
2020年09月23日 18:50
夜桜お八さんへ、帰りの飛行機でも「台風接近による前線の影響で、着陸時に揺れる場合がございます。」とのアナウンスがありました。「台風、どの辺に来てるのかな?」と気になってました。

『海軍善玉論の嘘』でも海軍の想定戦場は太平洋、陸軍の想定戦場は大陸とありました。想定戦場ではない海軍の戦場に送りこまれた陸軍兵士は、無能な海軍の犠牲者のような気がします。
2020年09月23日 18:58
とある星人さん、コメント&気持玉ありがとうございます。
今回の旅行、写真もたくさん撮りましたので、何回かに分けてブログに連載しようと思ってます。
とても、一度にはアップしきれないです(笑)
夜桜お八
2020年09月23日 20:12
坂の上の蜘蛛さま
 兵站(補給)線の切れた島々で餓死した兵隊さんが九割以上。もはや戦争ではない。海軍の最大の愚行(と言うより犯罪行為でしょう)は、陸軍の兵隊さんを派兵した島々への補給をサボった(無視した)こと。
 やはり撤兵が正しかった。

 ガダルカナル島のような遠い場所に派兵し、維持する国力は日本になかった。さっさと捨ててマリアナ諸島(サイパン・グアム・テニアン)に地下要塞でも構築すべきだった。硫黄島にそうしたように。

 最後は負けたでしょうが、史実よりよほどマシな戦が出来たと思う。「太平洋は海軍の縄張り、口出し無用」という(海軍の)無定見ぶりに盲従した陸軍参謀本部も同罪。

 でもガダルカナル島の戦いのときは、戦艦も空母も日本海軍が圧倒的に優勢だったんですよ。日本海軍が本気で挑めば、上陸したアメリカ海兵師団など一撃で吹っ飛ばせたし。アメリカ海軍を文字通り壊滅させられた。現実に、だらしない日本海軍首脳の作戦指導にもかかわらず、アメリカ海軍の稼働空母は一時期ゼロになっているのですから(南太平洋海戦=サンタクルーズ沖海戦)。「大和」「武蔵」の巨砲が炸裂するチャンスだってあった。

 いくら強力な武器を持っていても、使う人間が敢闘精神に欠けていてはどうしようもない。

 、
ぽこぽこ
2020年09月23日 20:15
坂の上の蜘蛛さま
ブログにお越し頂き、ありがとうございます。

『埼玉のトリセツ』は昭文社から発売されている『トリセツシリーズ』の第7弾で、既に神奈川、千葉、福岡、兵庫、宮城、愛知、埼玉が出ています。

そして、9月25日に最新巻の『広島のトリセツ』が発売されるそうです。
https://www.mapple.co.jp/11738/

ちなみに『埼玉のトリセツ』の中身はこんな感じ。
https://www.mapple.co.jp/10667/

さすが地図やガイドブックの昭文社です。従来の県ごとのガイドブックにはない切り口で、思わず「へぇ~、そうだったんだ」と関心してしまう、面白い内容になっていましたよ。

今後も続々各県版が発売されて行きそうなので、もしご自分の地元の巻が発売されたら、あるいは既刊で興味のある県がありましたら手に取ってご覧になっては如何でしょうか。
2020年09月23日 20:45
夜桜お八さんへ、つまり、陸軍参謀本部も南方戦線に兵士を送りこむだけ送っておいて、「太平洋は海軍の縄張りだから」と海軍任せにしたということでしょうか。
それではあまりにも陸軍の兵隊さんが気の毒すぎます。
2020年09月23日 20:49
ぽこぽこさんへ、『埼玉のトリセツ』の表紙の地図、飯能が入ってませんね。
でも、行田、桶川、川越はありましたので、「そうか!私はこう言う風に城めぐりをしたんだ」というイメージが湧きました。
『高知のトリセツ』出るかな?愛媛とかは出そうだけど。
2020年09月23日 21:21
おおお!キメッ!!ってますなぁ~。まあ、値段関係なく、記念ですからね。確か、小田原城の近くに象がいたのを覚えています。今はもういないようですね。
2020年09月23日 22:25
nas-nasさん、コメントありがとうございます。そうですね。象はいませんでしたが、天守の横に小さな遊園地がありましたよ。
夜桜お八
2020年09月23日 22:28
坂の上の蜘蛛さま
 参謀本部は「占領した島々への補給任務を海軍がキチンとやってくれる」前提で作戦を立案実行したのでしょう(そう思いたい)。

 ところが海軍は補給任務を満足に果たさなかった(果たせなかった)わけです。「約束が違うじゃないか、こんなことなら撤退しよう」と主張したのは陸軍の現地軍。ガダルカナル島でもそうでした。現地軍(第十七軍)は即時撤退を意見具申したが、参謀本部は却下。それどころか意見具申した第十七軍参謀長は更迭されています(クビ)。

 参謀本部も机上の空論(作戦)に溺れ、目が見えなくなっていたのでしょうか。試験秀才の限界かもしれない。「現地軍の方が(参謀本部のエリートより)海軍を見る目が正確だった」と評した人がいますが、私も同感。

 海軍の作戦能力は絶望的にお粗末だ、このままではエライことになるぞ、早く手を引け(撤退せよ)という警告。無視した代償は恐ろしく高くつきました。

 そもそも、海軍は補給感覚が陸軍とはまるで違う組織。必要なものは全部艦に積んである。「無くなったら港へ帰ればいい」という発想しか出来ないのです。でも、陸軍の兵隊さんは自分の食事を背負って歩く。兵站線が切れたら餓死するしかない。

 広大な地域を占領して地図の上に日の丸が沢山立ちましたが、その大部分は敵に素通りされてしまった。軍事用語でいう「遊兵」になってしまった部隊は、やがて食料も弾薬も無くなって自滅(餓死)。一発の弾も撃たずに。

 これが南方作戦の偽らざる実態です。問題はこんな重大事実を、現代の日本人が殆ど知らないことではないでしょうか。
 物量で負けたなんて、真実の一部に過ぎません。
2020年09月23日 22:45
夜桜お八さんへ、海軍は補給任務を満足に果たさなかった、果たせなかった、どちらが正しいでしょう?
海軍の補給感覚からすると、果たさなかったが正しいような気もしますが。

ほとんどの日本人は、あの戦争はアメリカの物量と技術力に負けたと思ってますが、それ以前に日本(陸軍、海軍ともに)の作戦立案能力の低さが敗因だったわけですね。
夜桜お八
2020年09月24日 10:08
坂の上の蜘蛛さま
 すごく単純化して言い切ってしまうと、あの戦争の最大の敗因は「海軍が明治以来練りに練った作戦計画を放り捨て、日本の国力ではとても支えきれないくらい戦線を広げてしまった」ことなのです。元々海軍の対米戦の想定海域は、小笠原諸島近海、遠くてもマリアナ諸島あたり。

 海軍に便乗して、兵站線の繋がらない(補給が出来ない)島々に大軍を送ってしまった陸軍も愚かでした。

 しかも海軍は軍艦を温存しようとして腰の引けた戦いを繰り返し、そのくせ飛行機だけは景気よく消耗戦につぎ込むという、アメリカでさえ首をひねるような不可解な戦いぶり。
 大艦巨砲主義の呪縛から抜け出せなかったのでしょう。

 アメリカが本気で物量攻撃を仕掛けてきたのは、1944(昭和19)年マリアナ諸島(サイパン)を取りに来た時から。そうなったときは時すでに遅しで、日本海軍の戦力は逆立ちしても勝てないくらい劣化していました。あ号作戦の惨敗が証明した通り。

 突っ込みどころ満載の海軍作戦を研究し、二度と同じ失敗を繰り返さないようにしないと。

 
2020年09月24日 12:44
夜桜お八さんへ、本業そっちのけで事業を手広く展開して、結局倒産する企業に似てますね。