絶滅危惧種

皆さんは憶えていますか?インベーダーゲームが大ブームを巻き起こし、宇宙戦艦ヤマトが彗星帝国を迎え討ち、モビルスーツガンダムが初めて大地に立ち、地方では、まだコンビニが珍しかった1970年代の終わりにあった自販機だけを置いた無人の店舗を。
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そうです!コインスナックです。新房昭之監督の『それでも町は廻っている』に消えゆくものとして登場してました。
そんなに少なくなってるのかな?と思ってネットで調べてみたら、コインスナックは今や「絶滅危惧種」と書いてあったので、今回のブログのタイトルはそれをそのまま頂きました。
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でも、高知には市内にまだ棲息してるんです!その「絶滅危惧種」が!『CoinSnack PLAZA』です。
場所は高知駅の北側の高知市比島町(ひじまちょう)にあります。
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中はこんな感じです。
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飲み物の自販機は珍しくないと思いますが・・・
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どうですか!昭和レトロなうどんとそば、そして、ラーメンの自販機です。この自販機、レトロな感じですが、実は、コンビニでカップラーメンを買ってお湯をもらって、イートインコーナーで食べるより早いんです。お金を入れて30秒くらいで出てきますから。
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道路側はカウンター席になっています。
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せっかくですから、そばを買ってみました。カップ麺ではない、けっこうフツーのかけそばですよ。
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こういう感じの自販機も近年ではなくなりつつあると書いてありました。こういう自販機って酒のつまみみたいなものばかりが入っていたりしますが、ここでは『いなり寿司』や『巻きずしの盛り合わせ』『おにぎり』がパックに入って売ってます。タクシーの運転手さんなんかがよく買って行ってますね。
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そして、極めつけはこれ!『トーストサンド』の自販機です。世の中にはいろんなもの訪ねて全国行脚する人がいるようで、こういう全国の昭和レトロなコインスナックを訪ねてブログにしてる人がいるようです。
そのブログによると、西日本で稼働してる『トーストサンド』の自販機はこの自販機だけなのだそうです。この自販機目当てに県外から来る客もいるのだとか?
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西日本では、ここにしか生き残ってない『トーストサンド』の自販機、どんなものか!買ってみることにします。
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アルミホイルに包まれた熱々の四角の物体が出てきました。
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久しぶりにホットサンドを食べてみましたが、コンビニに売ってるホットサンドと遜色ない味だと思います。
今回は昭和レトロなコインスナックをアップしてみました。皆さんの町には、まだコインスナックはありますか?

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この記事へのコメント

2020年07月03日 08:11
坂の上の蜘蛛さん、おはようございます。
自分の周りでは、すでに絶滅していますね。
子供の時、フェリー乗り場とかでありました。
2020年07月03日 10:44
日々散財さん、コメントありがとうございます。フェリー乗り場にありましたか!フェリーを待つ間、お腹が空くこともありますから、昔はコインスナックがあったんでしょう。今は、コンビニに取って代わられているのでしょうね。
ぽんねぇ♪
2020年07月03日 17:36
坂の上の蜘蛛さん、こんにちは♪
ホントだ!
見なくなったら、あったことを忘れていました。
昔は、昼間だとドライブインで食事が出来ましたが
夜遅くなるとお店がなくて、自販機でカップラーメンとか買ってました。
そういえば・・・
最近大きな病院で見かけました。
パンやカップ麺の自販機。
昭和の時代には活躍していた公衆電話
テレフォンカード、公園のシーソー
対面式のブランコなどなど・・
なくなってしまったら、忘れてしまっていますね。
自販機のお蕎麦やトースト、食べてみたくなりました(笑)
夜桜お八
2020年07月03日 18:55
坂の上の蜘蛛さま
 飛騨にもありましたよ、大昔。ここで食べるうどんが大好きでした。駅の立ち食いうどんと勝負できるくらい美味かった。ところで「容器を持ち帰らないで」という張り紙から推して、本格的な丼が出てくるのですか?もちろん味は関西風ですよね?

 関西出身の同僚が、東京に来て一番ショックを受けたことの一つに蕎麦つゆを挙げています。「醤油の海の中にうどんが沈んでいる」と。

 もちろん飛騨は雪深い山国なので、料理の味は濃いめです。関東風だと思います。高山ラーメンも味の濃いスープです。

 さらばを見て映画館(当時はそう呼ぶ人が多かった)を出ると、テレビ版ヤマト2の宣伝チラシを配っていたのを覚えています。ついさっき「もう二度と姿を現すことはありません」とテロップが出たばかり。泣いてたお客さん、どうするの?と他人事ながら心配に。
 「少しは空気読めよ」と中坊ながら思ったものでした。
とある星人
2020年07月03日 18:56
坂の上の蜘蛛さん、こんばんは。
昔はSAというか、寂れた道の駅みたいな所で見かけましたね。懐かしい。
エロ本自販機なら設置してある所はあるんですが、現在は設置というより放置に近いのかな?w
私が行くのは店員が居なくてガシャポンがたくさんある店ですかね。
2020年07月03日 22:29
ぽんねぇ♪さん、コメント&気持玉ありがとうございます。
公衆電話は、携帯を持ってない年配の人のために病院には、まだあったりしますね。
テレホンカード、ありましたね!一般的には売ってない雑誌の読者プレゼントのアイドルやアニメの非売品カードだととんでもないプレミア価格になってたりしてました。
2020年07月03日 22:38
夜桜お八さん、コメントありがとうございます。自販機のうどんやそばとバカにすることなかれです。おっしゃる通り普通のかけそばやうどんと言えるものが出てくるんですよね。
そばはやはりだし汁が少し濃いような味ですが、うどんは関西風のだし汁ですよ。容器は普通の安っぽいプラスチック容器ですが、それでも持っていく人がいるんでしょうね。絶滅危惧種のコインスナックの丼ということで、記念に持って帰っているのか?
2020年07月03日 22:45
とある星人さん、コメント&気持玉ありがとうございます。
昔はどこにでもありましたよね。コインスナック。
あの当時は大抵インベーダーゲームもいっしょに置いてありましたよ。名護屋撃ちとか何回目に来るユーフォーが300点だとか言ってたものです(笑)

えー!それも絶滅危惧種なんじゃないですか?エロ本の自販機!設置というより放置だとおっしゃってましたが、まだ動いてるんですかね?
2020年07月03日 22:49
そばやうどんの自販機、知ってますが、実際に見たことはないですなぁ。でも、こういうレトロなナマモノ系の自販機、衛生的にはどうなんですかね?チョッとコワい。。。
2020年07月03日 23:04
nas-nasさん、コメントありがとうございます。うどんやそばの自販機、コインスナックならどこでもあったと思いますよ。
これで、食中毒患者が出たという話しは聞いたことがありませんし、食品を介して中国ウイルスに感染したという事例もないようですから大丈夫なんじゃないですか。
クラシックY@お出汁に罪は無い
2020年07月05日 00:15
ウハw
こんなネタが飛び出てくるとは(笑

ありましたねぇ、昔
郊外の国道沿いに、大型自動洗車場に、高速のPAに…子供の頃、ドライブ中に見つけるや「あ!あれ行こ!あれ行こ!」と車を停めさせ、うどんにホットドッグ、ハンバーガー、おでんと親にせがみ(笑
これが父親だと「お!行こか!何食べる?」と親子でノリノリ(笑
これが母親だと「あかん」の一言で戦闘終了(苦笑
何もかも皆懐かしい。。

少し前、千葉か埼玉だったか有名な大型コインスナックが閉鎖となり、全国のレトロ自販機ファンに惜しまれたとのニュースを見ました(いや…ホント惜しい

子供の頃、近所にはうどんとカップ麺の自販機がありましたね
カップ麺自販機は、出てきたカップ麺を給湯位置にセットすると、太い注射針の様なノズルが降りてきてブスッと上蓋を貫通
お湯が注がれ、3分待ちなさい状態
横からフォークを取り出して「いただく」寸法(いやぁよく利用しました☆

大阪市内にまだ存在するか否か…定かではありませぬ

関東のうどんそばつゆネタ…関西人あるあるですね(笑
私めも経験者の一人です
ネタとしてはすでに有名な話なので、東京在住となって初めて立食いそばに入って天ぷらうどんを注文して…
出てきたのを見て…「うわーホンマや。。うどんが醤油に浸かってる!しかもうどんが染まってる。。」
一口、口に運んで「醤油や…お出汁の味が無い。。」と固まってしまいました(笑
しかし住めば都と申します
その味にすっかり「慣れて」帰阪して、久しぶりに大阪のうどんを食べたら「あ…味がせえへん。。」と自分の味覚の変わり様に驚きました(失笑

現在はまた「関西の口」に戻ってます(笑
夜桜お八
2020年07月05日 07:29
 此の度の熊本・球磨川水害で被災された方に心からお見舞い申し上げます。何度も同じことを繰り返すな、と腹立たしい気持ち。山だらけの国土に流れる川は急流ですし、雨も多いから慢性的に水害の危険がある。
 東京も水害の危険があります。隅田川が氾濫したら大惨事ですし、現実に戦後、多摩川の堤防が決壊して大被害が出ている(狛江市多摩川堤防決壊)。

 球磨川と聞いて、私はミリオタの悲しさ、軽巡洋艦「球磨」を思い出します。大正時代の建造で三本煙突の旧式艦。それでも大東亜戦争では最前線に立たされた。同型艦は「多摩」「北上」「大井」「木曾」。艦娘の顔でも思い出して下さい(笑)。

 実は、かつて軽巡「多摩」に乗艦していた年輩の知人がいました(当然、故人)。北方海域で活動することの多かった時期に乗組んでいて、アッツ島沖海戦に参加したそうです。アウトレンジ戦法が「机上の空論」であることを、嫌というほど証明した戦闘。

 「戦場は何が起こるか分からないよ、理屈ではないんだ」と、口を酸っぱくして語っていた故人の顔を思い出します。

 アリューシャン列島にはアムチトカ島(米軍の核実験場)がありますが、嵐で難破しここに漂着したのが、あの大黒屋幸太夫。井上靖『おろしや国酔夢潭』、吉村昭『大黒屋光太夫』は面白い小説です。
2020年07月05日 09:36
クラシックY@お出汁に罪は無いさん、コメントありがとうございます。私の場合はこのコインスナックが高知駅のすぐ北側にあり、いつも通ってる場所なので、絶滅危惧種とは思ってなかったんですよね(笑)
ここの自販機のうどんとそばはだし汁がちゃんと分かれてるです。そばは少し濃い味、うどんは関西風のうす味なんです。
近くにコンビニもありませんから、シーラカンスの如く生き残ってこられたんでしょう。
2020年07月05日 09:46
夜桜お八さんへ、この鹿児島から熊本の大雨と球磨川決壊のニュースは西日本豪雨と去年の台風19号の千曲川の決壊を思い出しました。被害にあわれた地域の皆様には心からお見舞い申し上げます。

球磨と言えば、私も軽巡洋艦と焼酎を連想してしまいました。
アウトレンジ戦法はまさに絵に描いた餅なんですよね。書き始めると長くなるので、とりあえず、『海軍善玉論の嘘』を読めば、その辺のことが詳しく書かれてますので、それを読むといいんですよね。
夜桜お八
2020年07月05日 15:16
坂の上の蜘蛛さま
 主観を交えない現実の数字を出します。千早正隆『日本海軍の戦略発想』(中公文庫)より要約。

 昭和17年2月27日 スラバヤ沖海戦 
 重巡「那智」「羽黒」、数百発撃って敵重巡「エグゼター」に1発命中

 同3月1日 ジャワ島南方海上
 戦艦「比叡」「霧島」、逃走中の米駆逐艦1隻に対し主砲発砲
 「比叡」は210発,、「霧島」は87発を撃つも、命中弾なし

 昭和18年3月28日 アッツ島沖海戦
 重巡「那智」は707発、同「摩耶」は904発を発砲
 命中弾は敵重巡「ソルトレイクシティー」に4発、駆逐艦に1発
 航行不能になった「ソルトレイクシティー」にトドメを刺さず撤収

 どうでしょうか。これが戦場の現実です。アウトレンジ戦法は完全な邪道というより、科学的法則に反している。命中させたかったら接近して撃ち合うしかない。「肉を斬らせて骨を断つ」、戦国武将なら皆知っていたことではないですか。

 近藤や土方なら、配下の新選組隊士がこんな戦い方をしたら粛清していたでしょう。弱った敵を追撃しないで引き返す(逃げる)のが、昭和海軍の行動パターン。
 勝負度胸がなさ過ぎた。
夜桜お八
2020年07月05日 17:18
追伸です。
 この惨憺たる射撃成績は、もちろんアウトレンジ戦法によるものです。千早氏の説明によると、日本艦隊は敵から2万m(20km)以内に決して近づこうとしなかったとのこと。重巡主砲(8インチ≒20サンチ砲)の最大射程が約2万5千m程度らしいですから、ほぼ最大射程で射撃したのでしょう。それでは全然、命中しなかった。

 逆に言えば、2万m以内に肉薄しなかったら、艦砲なんて絶対に当たらなかったということなんです。

 日本海海戦の砲戦距離は、最接近した時で約6kmらしいです。双眼鏡を通せば、敵艦上の水兵が走り回っている姿が見えるくらい。

 戦艦の主砲弾なんか遠くへ飛ぶ分、空気抵抗やら、地球の自転やら、その日の気温や湿度やら、色々な条件に影響されます。計算通りには到底行きません。遠距離射撃などしたって、命中する方がおかしいくらい。

 費用対効果(コストパフォーマンス)の面から見ても、戦艦が海の王者の座を追われ、飛行機にとって代わられたのは当然でした。
2020年07月05日 19:38
夜桜お八さんへ、いやはや・・・日本海軍は敵艦を沈める気がなかったと後世の人間から言われても仕方がないですね。
「窮鼠、猫を噛む」というのを恐れていたんでしょうか?

追撃戦は戦国武将なら誰でもやっていた、代表的なのは武田信玄がおこなった『三方ヶ原の合戦』のあとの追撃戦だと思いますが、長曽我部元親だって追撃戦はやってましたよ。
夜桜お八
2020年07月05日 21:30
坂の上の蜘蛛さま
 それもあったでしょうが、やはり「損害を出すことを極度に恐れた」が正解に近いのでは。確かに同情すべき点でしょう。大損害を出したら補充が難しい。貧乏国の悲哀です。現実に、ミッドウェー海戦の大損害を日本海軍は敗戦に至るまで回復できませんでしたから。

 サマール沖で「大和」が遂に敵艦(米護衛空母群)に向けて主砲を発砲したとき、距離は3万2千m(32km)。初弾は見事に夾叉(きょうさ ストラドル 敵艦を挟んで着弾)を得た。

 ところが、その後の追撃戦では全然、命中弾が出ていません。様々な事情で陣形が乱れたことが原因ですが、根本原因は、

 「燃料不足で訓練がロクに出来ず、射手以下、乗組員の練度が落ちていたこと」

 に尽きると思います。遠距離砲戦は、熟練者にとっても、そのくらい難しかったということ。

 やはり戦前の心配は正しかった。慢性石油不足の日本海軍は、いずれ燃料不足で訓練すら満足にできない立場に陥る、と警告していた人は多かったのですから。飛行機の操縦も、砲術も、水雷も、訓練しなかったら腕は落ちる一方。戦の流れが変わったら、これをひっくり返すのは容易ではない。まして海軍は指揮官の腰が完全に引けていた。

 今の政治家たちに、是非とも教訓にして欲しいです。