Tカード

アニメとコラボしたTSUTAYAのTカード、今回はこちらです。
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転スラ』と『このすば』です。この2つの作品には共通のキーワードがありますが、この場ではあえて言いません。でも、なんだかわかりますよね。
以上、アニメコラボTカードでした。

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この記事へのコメント

2020年06月17日 22:40
ぽこぽこさんのブログ、拝見しました。『タイムズマート飯能店』『ひだまり山荘』『夢彩菓すずき』が紹介されてました。どの店も『ヤマノススメ』をプッシュしてる店です。さすが、飯能。
2020年06月18日 18:50
坂の上の蜘蛛さん、こんばんは。
ん?異世界転生モノつながりでしょうか?他に何かありましたっけ?
夜桜お八
2020年06月18日 19:42
 ぽこぽこさまのブログ拝見。
 昔、ひだまり山荘で『ヤマノススメ』のクリアファイルを、『夢彩菓すずき』さんではバームクーヘンを買いました。タイムズマートさんでは巨峰ソフトクリーム。

 渋沢栄一の従兄弟に渋沢成一郎という人がいて、戊辰戦争では幕府軍について戦った。飯能の戦いというのがあり、天覧山下の能仁寺が本陣。負け戦となり、成一郎は榎本武揚と一緒に箱館(函館)へ向かい、函館戦争で活躍。その後は従兄弟・栄一の引きで大蔵省へ入り、その後は実業界へ。
 飯能市立博物館の展示で知りました。

 ここなちゃんが歩いた市民会館前のすぐ横が市立博物館です。その隣に飯能恵比寿神社があり、石段を下りた隣が観音寺(白象のあるところ)。あの「水玉事件」の現場(藁)。目を遠くに転じると、飯能河原の向こうに割岩橋(セカンドシーズンOPにも出てくる赤い橋)。

 東京都心にも近い飯能。電車の本数も多く、Fライナー(西武~東京メトロ~東急を直通 最速達電車)に乗れば池袋・新宿・渋谷・横浜へ一本で行ける便利さ。飯能に住みたいとさえ思います。
 関東平野の終点・飯能から西は山々で、温泉もありますし。

 
 
 
2020年06月18日 20:22
とある星人さん、コメント&気持玉ありがとうございます。
その通りです!主人公がこちらの世界で亡くなって、異世界に転生(生まれ変わる)というアニメでくくってみました。
リムルもカズマも冒険者ですが、リムルはなぜか見た目が弱そうなスライムに、カズマは人間だけど、連れてるパーティーのメンバーが駄女神、中二病、ドMという残念系ガールばかりなんですよね。
年末のNHKBSのアニメ特番で、雨宮天さんのアクアの生アフレコが見たい!

でも、リムルは見た目とは違って、すごい能力をたくさん持っていて、異世界でゴブリン、ドワーフ、狼族、鬼族、リザードマンという多種族を次々と傘下にして、異世界の大森林に一大国家を建設してるんですよね。
なんか?日本の鎌倉時代に大モンゴル帝国築いた、ジンギスカンを連想します。
2020年06月18日 20:46
夜桜お八さん、コメントありがとうございます。そうなんですか!飯能でも勤皇派と佐幕派の戦いがあったんですね。

宮川彬良先生のツィッターにもコンサートをやってるとの報告がありました。徐々に緩和の方向に向かい、『ガルパンコンサート』も『ヤマノススメ』聖地めぐりも無事にできたらいいなぁ~と思ってます。

ぽこぽこ
2020年06月18日 21:58
坂の上の蜘蛛さま、夜桜お八さま
ブログにお越しいただきありがとうございます。
記事にヤマノススメのラッピング・バスの写真を入れておくのを忘れていたので追記しておきました。
よろしかったらまたどうぞ。(#^.^#)
2020年06月18日 22:12
ぽこぽこさん、コメントありがとうございます。ブログのラッピングバス拝見しました。
原作の画とアニメの画と両方があるんですね。原作コミックの表紙のあおいちゃんたちを見てると第1巻より第18巻がアニメの画にタッチが似てきたように感じます。
アニメ『かくしごと』で主人公の後藤可久士が言ってました。「アニメが好評だと、作者が原作の画を無意識にアニメに寄せてしまうことがある」って。『ヤマノススメ』もそんな感じかな(笑)
クラシックY
2020年06月19日 00:01
出た!Tカード!
と言っても、馴染みのないキャラで内容はよぅ分からず(苦笑

坂の上の蜘蛛様
そうなんです、高校生は冬季登山は禁止
登山部とはいえまだ経験が一年二年のまだまだ素人
何かあったら当人達も大変だし、周りにもとんでもない迷惑がかかる…仕方ないところですね
だから冬はスキーとなるわけです(笑
ヒトカラは大オススメですよ
何をどう歌おうが、熱唱しながら謎の踊りを踊っていようが、誰にも気付かれません
最高に発散出来ます☆

さて「信長の戦争」です
「桶狭間の戦い」の項を読んでみて、特に注目したのが次の二点でした

この今川義元による尾張侵攻は、単なる国境紛争の延長上にあると評価すべきか?
信長勢による今川本陣勢への強襲を「奇襲」とは評価しないのか?
です

先ず一つ目のテーマですが、この戦いを国境紛争の内と考えるのは少々合点がいきませんでした
これを今川義元の上洛戦の一環だとは思いませんが、二万から二万五千もの大軍を義元自身が総大将として率いて尾張に侵攻し、ただ大高城と周辺諸城の支配の盤石を目的としたと想定するのは、出陣の規模と狙う「戦果」のバランスが取れていないと…
仮に今川軍が二万五千の規模だとすると、出陣可能なほぼ全兵力を投入していることになる
かかる莫大な戦費に対して「割に合わない」と感じます
これほどの「全力」出兵ならば、大高城とその周辺諸城の織田勢力の排除壊滅は当然として、その上で津島、清洲城への攻撃態勢をとる
最悪でも津島を押さえ、清洲城を圧迫する
それが成れば、信長は経済基盤を喪失
その上で他の織田勢、国衆に調略をかければ、信長の尾張は崩壊するでしょう
この出兵規模だと、そのくらいの「得物」を狙っていなければ不自然に感じます

次のテーマですが、この信長軍の攻撃は「迂回」かどうかは別として、やはり奇襲の内と考えて良いのではないか?と思いました
信長はかなり正確に今川軍の動きを掴んでいて、その上で信頼出来る「手勢」二千強を率いて、義元本陣に迅速に接近し、強襲した
今川本陣勢はその「速度」に対応しきれず崩れ、結果主君を討ち取られた
これはたとえ正面強襲であっても、敵が対応出来ない迅速さをもって攻撃を成功させたと言ってよく、奇襲との評価が成り立つのでは?と思いました
もちろん信長が義元を討ち取るイメージまで持って攻めたかは、分かりませんが(笑

この書籍に対して、自分の「信長公記」の桶狭間の項を読んでのイメージは以上の感じですね

まぁ今回は桶狭間の項目と長篠合戦の項目の一部、はじめにとまとめ、目次等の速読でしたので、書籍内容全てを精読すればまた印象が変わるかもしれませんが(笑

桶狭間の戦いに関しては、当時と地形が相当変わっていて、色々と検証が困難だと思います
信長公記はさらに多くの研究者に、内容を洗い直してもらいたいと思います

しかしこの本、二十版以上重ねられていてメッチャ売れてますね(笑
夜桜お八
2020年06月19日 07:18
クラシックYさま
 実を言うと、私は著者・藤本正行氏とお会いしたことがあります。在野の研究者ですが、謙虚で学識の深い立派な方です。恐らく、素人(失礼は自覚しています)では最高峰の研究レベルに到達した人ですし、『信長公記』の史料的価値を指摘した最初の人でもある。

 今川義元にとっては奇襲そのものですよ(笑)。何が何だか分からないうちに首を獲られてしまい、あの世に行って初めて自分の首がないことに気づいたかもしれない。

 「実は国境紛争でした」は、桶狭間より川中島の合戦ですよ。あれこそ後世の軍記物(『甲陽軍鑑』)で脚色されてしまった戦。
 
 藤本さんが『信長の戦争』で挙げた最大の「戦果」は、長篠合戦の真実を白日の下に曝したことです。長篠の戦は「鉄砲隊✕騎馬隊の戦」という通説を完全に論破した。現地へ行けば一発で分かる。驚くほど狭い戦場で、こんな場所で騎馬軍団(そんなものがあったらですが)の突撃など、逆立ちしても不可能。

 武田勝頼に対する不当な評価。こんな川柳があります。
 「勝頼と名乗る武田の甲斐もなく 戦に負けて恥を長篠」

 背後にまわられ、前面も野戦築城。挟み撃ちになったものの、無傷の大軍を握っている武田勝頼が正面突破を図ろうとしても、それが無謀とは言い切れないだろう。
 藤本さんの議論には説得力があります。

 司馬遼太郎氏の偏見・不勉強から生まれた「乃木希典愚将説」と同じ。

 余談ついでに、藤本さんの『偽書 武功夜話の研究』(共著)もメッチャ面白いですよ。
 
2020年06月19日 10:08
クラシックYさん、コメントありがとうございます。『転生したらスライムだった件』(転スラ)や『この素晴らしい世界に祝福を』(このすば)のような異世界転生モノは最近のアニメでは多いです。

『ヤマノススメ』は、雪村あおいちゃんや倉上ひなたちゃんが主役なので、登山部は、ほぼトレーニングをしてるところしか出てきません(笑)

クラシックYさん、夜桜お八さんへ、私も長野の住民をやってた時に長篠の古戦場跡に行ってみました。
広い田園地帯ですが、織田徳川連合軍と武田軍、両方合わせて数万の軍勢が戦う戦場にしては狭いなと思いましたよ。
やはり、武田の敗因は味方に裏切り者(穴山信君)がいて、作戦が筒抜けだったことでしょうね。

穴山信君は、勝頼を失脚させ、自分が武田信君になろうとしてたのかも?
夜桜お八@戦場の現実は、現場を見ないと分からない
2020年06月19日 10:35
坂の上の蜘蛛さま
 そうです。長篠は狭いのです。すぐ横を新東名高速が通ったせいで景観はやや損なわれましたが、地形は変わっていません。

 馬防柵が復元されていますが、あんなものは普通どこの戦場でも作られるものです。何も騎馬の襲撃を防ぐためのものではないし、ましてや鉄砲隊のために作ったものでもない。鉄砲隊の三段射撃(連続射撃)に至っては火縄銃の機能をガン無視した噴飯もの、机上の空論にすらなっていません。

 火縄銃が決戦兵器になったことは、一度もなかったと思います。まず石礫の投げ合い、槍合わせ。石を投げて相手をケガさせ、次は槍で相手をぶっ叩き、骨折させたり、脳震盪を起こさせる。
 
 日本刀で斬り合うのは最後の最後、それも一人斬ったら刀は刃こぼれするか、人間の血糊と脂で滑って使い物にならなくなります。

 武田勢は、織田・徳川勢の造った野戦陣地(野戦築城)に攻めかかって阻まれ、苦戦するうちに消耗し、遂に力尽きて潰走した。そこを織徳勢が追って出て、逃げる武田勢を文字通り、狩りまくった。

 それでも織徳勢はこの追撃戦で大量の死傷者を出しているから、武田勢の抵抗も凄まじかったのでしょう。
 
 武田勝頼はその後、七年も持ったんですね。でも潰れる時は呆気ないくらいでした。土崩瓦解という言葉の通り、あっという間に滅びた。事前の切り崩しで裏切者が続出したからです。

 最後まで武田のため奮戦したのは、信州高遠城の仁科五郎盛信くらい。

 戦国の合戦で、テレビの作った虚像とは全然違う。
2020年06月19日 12:40
夜桜お八@戦場の現実は、現場を見ないと分からないさんへ、
> 馬防柵が復元されていますが、あんなものは普通どこの戦場でも作られるものです。

その通りです。あんなもの田舎の豪族同士(長曽我部対本山)の戦いでも作られている。

長篠の合戦後の武田は穴山信君の目論見(私の推測)通りにはならず、坂道を転がるように崩壊していった。

話しは変わりますが、『かくしごと』、最終回を見ました。鎌倉の七里ヶ浜駅に行ってみたくなりました。横須賀から近いかな?
夜桜お八
2020年06月19日 21:01
坂の上の蜘蛛さま
 横須賀から鎌倉へいちばん早く行く方法は恐らくクルマですが、平日限定。土日休日の七里ヶ浜一帯は渋滞で駐車場状態。鉄道ならJR横須賀線で鎌倉へ行き、江ノ電に乗り換えるのがベスト。

 鎌倉~和田塚~由比ヶ浜~長谷~極楽寺~稲村ケ崎~七里ヶ浜。天気が良ければ江ノ島、伊豆半島、富士山がキレイに見える絶景ポイント。県立七里ヶ浜高校は『南鎌倉高校女子自転車部』の舞台モデルになった高校です。

 基本的に、鎌倉はクルマで行く場所ではないです。駐車場に困るし、道が狭い。電車で行って歩くのがよろしい。京都や奈良と違って、見所は狭い場所に集中している。山歩きも楽しめます。

 今日から移動自粛解除。来週早々、飛騨へ行きます。温泉三昧。手段はクルマにしました。向こうへ行って機動力がないと困りますので。
2020年06月19日 22:35
夜桜お八さんへ、お答え頂きましてありがとうございます。秋の関東旅行の聖地めぐりとしては『飯能』『大洗』『横須賀』がメインですが、時間に余裕があれば『七里ヶ浜』(かくしごと、南鎌倉高校女子自転車部)か『藤沢』(青ブタ)に寄ってみたいです。

最終日の高知へ帰る航空便は、18時55分の羽田発を予約してますので、9時から15時くらいまでは神奈川に居られると思うんですよね。
クラシックY@祝!プロ野球開幕
2020年06月19日 23:06
夜桜お八様
そうでしたか
藤本氏が「信長公記」の丁寧な読み解きをされたのは画期的でしたね
我々の知る歴史上の「定説」というものは誠に玉石混交で、藤本氏の様な誠実な姿勢で信頼の置ける資料解読に当たられるのは非常に意義深いと思います
歴史をエンターテイメントとして楽しむことも出来ますが、資料を洗い直して「事実」を抽出する事は、我々がより良く生き、進歩する為の貴重な教訓を与えてくれます
次の休日には、再度書店を訪れて長篠合戦の項を読むつもりです(またまたマルジュンさん、ゴメン!

夜桜お八様
坂の上の蜘蛛様
僕も番組で長篠古戦場跡が紹介されたのを見て「狭い!しかも段々になっていて、これでは騎馬突撃どころか、足軽の前進すらなかなか骨だぞ。そこに鉄砲隊が待ち構えていたら、無闇に突っ込むかね?」と思いましたね
もし本当に突っ込んだのなら、何か合理的な理由がある筈だとも
藤本さんの見解を読むのが楽しむです(笑

我が国の歴史研究の弱点?は様々な分野の専門家が、てんでバラバラに研究活動をしている点ではないかと思います
「統合参謀本部」が無い
例えば「信長公記」の解読でも、古文書解読の研究者、城郭研究者、軍事研究者、地学研究者〜郷土史家など多くの信頼出来る専門家を糾合して多角的にチームで分析していく
信長公記の記述内容は膨大で、一人二人の研究者が寸暇を惜しんで取り組んでも、簡単には進みません
優れたリーダーを司令塔に解読プロジェクトチームを編成し、なんならAIも駆使して、統合研究を積み重ねていく…
それが出来れば、神速画期的に資料解読が進むのではと

歴史に興味を持つ者として、是非とも挑戦して欲しいものです
夜桜お八
2020年06月19日 23:53
 余談。先述の新東名高速道路ですが、長篠パーキングエリア下り線(名古屋方面)には織田・徳川の旗印が掲げられていて、徒歩で信長本陣跡まで行けるようになっています。逆に上り線(東京方面)には武田の旗印が。

 今は愛知県新城市で、JR飯田線の三河東郷~長篠城あたりまでが古戦場です。全体を見れば確かに広いんですが、決戦場は驚くほど狭い。現在は設楽原(したらばら したらがはら)と呼ばれますが、藤本氏によると、当時の史料に従えば「あるみ原」が正しいらしい。

 とにかく、あんな狭い決戦場では、騎馬戦も銃撃戦も絶対に無理。あり得るのは野戦築城(織徳軍)に向かう歩兵(武田軍)の突撃だけ。
 実質的に攻城戦です。

 古戦場の資料館で貰ったパンフレットに、史跡の詳細な説明が。私も全部回ったわけではないですが、赤備えで有名な山県昌景、内藤昌豊、土屋昌次、真田信綱(昌幸の兄、幸村の叔父)その他の墓碑銘が古戦場に点在しています。

 面白いのは、家康の陣地が武田軍と接する最前線にあること。信長本陣はかなり山上なのに。援軍を「お願い」した側としては、そうなるのでしょう。
夜桜お八
2020年06月20日 08:31
クラシックYさま
 歴史研究者に限りませんが、研究者は基本的に「俺が俺が」の超ウルトラ個人主義者です。ハッキリ言えば「協調性のカケラもない人たち」である。甘いエサをぶら下げれば集まってくるでしょうが、すぐケンカを初めてしまうでしょう。残念ながらそれが現実。仕事柄、研究者という人種と深く付き合いますし、私自身が研究者っぽい仕事をしているので、よく分かる。

 関係者全員、何の利害関係もない戦国時代の事件研究でさえそうなのです。これが近現代史になったら目も当てられない。組織や個人の利害がかかわるだけに、陰惨な闘争になる。

 防衛庁戦史室(当時)の『戦史叢書(大東亜戦争公刊戦史)』編纂事業がその典型でした。陸海軍関係者のいざこざが絶えず、結局、基幹部分の「大東亜戦争開戦経緯」が陸海軍バラバラの記述になった(※)。

(※)個人の感想ですが、読み応えがあるのは大本営陸軍部の方ですね。何度も書いていますが、海軍部の方は言い訳のオンパレード。対米開戦を最も強硬に主張したのは海軍だということを、必死に隠そうとしている記述。

 太田牛一『信長公記』は、まだしも良心的な記述です。「召使にとって英雄はいない(No man is a Hero to his valet)」という英語のことわざがありますが、牛一にとっての信長は「召使にとっての主君」だったのでしょう。だから真実味・迫真力がある。

 

 

 

 

2020年06月20日 10:19
クラシックY@祝!プロ野球開幕さんへ、待ちに待ったプロ野球が開幕しました。当面は無観客試合ということで、テレビの映像を見てもスタンドが寂しい限りですが、一日も早くファンがスタンドで応援できる日がくることを願ってます。

藤本正行さんの著書で『信長の戦争』は図書館にはなかったんですが、『武田信玄像の謎』という本が置いてありました。どんなことが書いてあるのか興味があるので、今度借りてみようと思います。
2020年06月20日 10:28
夜桜お八さんへ、

> 面白いのは、家康の陣地が武田軍と接する最前線にあること。信長本陣はかなり山上なのに。援軍を「お願い」した側としては、そうなるのでしょう。

私も長篠で織田徳川連合軍の陣地の位置を見てそう思いました。「これは、家康は完全に武田の矢面に立たされてるな!」ってね。

赤備えと言えば、徳川四天王の井伊直政の「井伊の赤備え」も有名ですが、山県昌影と関係があるんでしょうか?
井伊直政が敵将ながら山県昌影を尊敬していたとか?
夜桜お八
2020年06月20日 11:08
坂の上の蜘蛛さま
 はい、井伊の赤備えは、山県昌景の赤備えの踏襲です。本能寺の変後、家康が甲斐・信濃を併合したとき旧武田家臣団をまるごと召し抱えました。井伊直政に彼らをつけてやったことが始まりらしいです。

 山県昌景の子孫に当たる方が、山県館という旅館を経営しておられます。
 https://yamagatakan.com/

 武田信玄・勝頼から散々な目に遭わされてきた家康ですが、結果的に、武田父子は一生かかって徳川のために働いたようなもの。

 静岡県掛川市に高天神城という城があったのですが、ここは面白いです。武田・徳川の攻防戦が展開された場所で、城自体は廃城になりましたが、高天神山に遺構が良く残っています。
 

 
2020年06月20日 23:36
夜桜お八さんへ、お答え頂きましてありがとうございます。
「井伊の赤備え」は、やはり武田からの踏襲でしたか。

『山県館』なかなか高級そうな旅館ですよね。宿泊のお値段もそれなりになりそう。
クラシックY@吠えよ!猛虎
2020年06月21日 00:15
夜桜お八様
そうなんですね(苦笑
僕は研究者に知人はいませんが(実は、大阪市教育委員会で「難波宮」研究に取り組む郷土史家の方を一人知っていますが…)、技術者の知人はいます
技術者もレベルが上がるにつれて、そんな感じになる様です(笑
職人気質というか職人魂というか…なかなか社交的に交わらない(苦笑
しかし惜しいと思うんですよね
例えば「シン・ゴジラ」の巨災対の様なチーム
小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトチーム…
推進システムの専門家、通信の、各種センサーの、太陽電池パネルの、自律作動システムの…と、てんでバラバラの専門分野のエキスパートが有機的に連動して最先端の探査機を作り上げ運用する
こうした事が歴史研究の分野でも出来たら、どんなにか素晴らしいだろうと
しかし…あぁ人の世は道一筋ならず(苦笑

坂の上の蜘蛛様
ともかくもプロ野球のシーズン対戦が観られるだけで、嬉しいものですね
それでも負けたらカチンと来ますが(笑
2020年06月21日 07:23
クラシックY@吠えよ!猛虎さんへ、

>ともかくもプロ野球のシーズン対戦が観られるだけで、嬉しいものですね
>それでも負けたらカチンと来ますが(笑


そうですね。私は日ハムファンですが、まずは「ストップ!ソフトバンク!」でしょう。
あそこが独走したら、パリーグがつまらなくなります。今年はロッテの佐々木くんにも注目してます。出るか!大谷越えの170キロ!でも、日ハム戦では出さないでほしい(笑)
夜桜お八
2020年06月21日 07:35
 今夜の大河特集は『国盗り物語』です。かなり昔ですが、司馬さんの原作も読みました。道三が平幹二朗、信長が高橋英樹、光秀が近藤正臣。皆、若かった。

 近藤正臣氏の曽祖父は近藤正慎(丹波亀山出身)といい、尊王攘夷の志士でした。僧月照の同志で、幕吏に拷問されたが自白を拒否し自決した。

 近藤正臣の名を知った最初の記憶は、『柔道一直線』の足ピアノ(藁)。衝撃的でしたね。配役ではキザな雰囲気(モノマネでイジられた)を芬々とさせていますが、素顔はひょうきんな人で、言葉も京都弁だそうです。
2020年06月21日 12:07
夜桜お八さんへ、『国盗り物語』、ほぼ憶えてませんね。私の記憶の中の一番古い大河ドラマと言えば、加藤剛さん主演の『風と雲と虹と』です。

近藤正臣さんと言えば、近年の大河ドラマでは『龍馬伝』で土佐藩主山内容堂を演じられていたのを思い出します。
夜桜お八@自戒を込めて・専門家の悪口
2020年06月21日 14:07
 自戒を込めて、専門家の悪口を敢えて書きます。
 「視野が狭い。協調性がない。専門バカの世間知らず」。世の中でいちばん鼻持ちならない職業は、政治家・ヤクザ・大学教授だと言いますが、当たっていると思う。

 専門知識も大事ですが、もっと大事なのは人間力。専門知識を越えた部分に対する洞察力と言いますか、常識と言いますか、うまく言えませんけれども。

 ある分野をメチャクチャに深く研究して詳しくなった人が時にいますが、世間一般からは珍獣扱いなんですね。便利使いされますが、結局そこでオシマイ。プロではなく「物好きなオタク」と見なされるし、それは往々にして当たっています。

 分かりやすい例えとして特定人物を出して恐縮ですが、一応、名前は伏せます。『ガルパン』でフィンランドを監修し、先日水島監督とケンカした某氏なんか、その典型です。フィンランドのことをやたら深く掘り下げ、恐らく日本有数の人かもしれないが、世間一般の反応は「ふうん、凄いね、だから何なの?」。言っては悪いが、あの程度の「知識」では本物の専門家には到底かないません。たとえフィンランド語がペラペラになっても需要は極端に少ない。せいぜい外務省の一部局か、貿易商社程度でしょう。現実のビジネスは、英語さえ分かればOKなのですから。

 世の中、「トリビア」(ムダ知識)というのが確かにあるんです。

 本能寺の変の真因なんか、明智光秀本人に聞かない限り、永遠に分かりませんよ(藁)。桶狭間の勝因について信長にインタビューしたら、彼は多分「運が良かったんだ」と答える筈です(と私は思う)。

 当事者の受取り方なんて、そんなものですよ。後世の人間があれこれ当て推量するから、話がドンドンおかしな方向へ向かう。話に尾鰭がついて、軍記物という大衆小説が世間にドッと広まる。
 
 だから、私はNHK大河なんて本気で見たことは一度もありません。只のエンタメとして楽しんでいます。 
 ただ推理は楽しい。

 世間の常識(受け取り方)を忘れたら、専門家は自己満足(オタク化)というアリ地獄に落ちる。
 戒心すべきです。
2020年06月21日 20:29
夜桜お八@自戒を込めて・専門家の悪口さんへ、歴史のことをいろいろ想像したり、推測したりするのは、歴史好きにとっては「こたつでミカン」「梱包された荷物に入ってるクッションシートのプチプチを潰す」のと同じ、やめられない行為なんですよ(笑)
クラシックY@起きろ!猛虎
2020年06月22日 22:11
夜桜お八様
遠回しに僕が言ったことをズバリ書いてくれましたね(笑
>専門知識も大事ですが、もっと大事なのは人間力。専門知識を越えた部分に対する洞察力と言いますか、常識と言いますか、うまく言えませんけれども
ソレなんです(笑
僕が職人気質と書いた…遠慮せずに言えば職人根性と言うべき偏狭な感覚です
往往にして「木を見て森を見ず」な人が多い
画期的な製品の開発に成功しても、その成功を引き継ぎ、その製品の素晴らしさや魅力を消費者に宣伝し販売する優れた営業の働きが無ければ、その製品は「ただそこにある」だけ。。
総合的なプロデュースが無いと(笑
専門家も大きい視野で世間を見ないとダメです(笑
「信長公記」の様な膨大な資料に当たるには、正しく陸海空の統合作戦が必要だと心底思ってもらわないと
それで信長公記の解読・分析が出来れば、どれ程歴史研究の前進に寄与することか
柔らか頭で視野の広い器の大きい専門家、研究者がどんどん若者から出てきて欲しいです
老兵は死なず。ただ…上手に消えてくれ(笑

坂の上の蜘蛛様
プチプチって(笑
確かに止められないw