ファイルマガジン

ファイルマガジン『日本の城DVDコレクション』第7号は安土城です。
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戦国ファンなら、誰もがその姿を見てみたかったと言う、信長の城ですよね。
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安土城は日本で初めての天守(天主)を持つ城と言われてます。今の日本人が持つ「城」のイメージは、この安土城が元祖と言えるのかも知れませんね。
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これは、大手道と言われる天主に続く道の入り口から安土城天主を見上げた想像図です。この前を通る人たちは、どんな思いで安土城を見上げていたんでしょう?
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天主のまわりには、様々な御殿も建てられてたようです。
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これは、本丸御殿の想像図です。安土城の本丸御殿は高知城の本丸御殿と違って、城主の日常生活の場ではなく、天皇を迎えるための御殿だったと考えられてるようです。この本丸御殿の建設にあたったのが、明智光秀だったとも聞いたことがあります。定かではないですけどね。ちなみに、信長の日常生活の場は南殿という建物だったようです。
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信長は天下を統一し、安土城を築城したあとは、大陸進出、いわゆる「唐入り」を考えてたようですね。ただ、秀吉のそれと違うのは秀吉は朝鮮を大陸進出の橋頭堡にしようとしたのに対して、信長は大艦隊を編成して直接「唐入り」しようとしてたらしいです。もしそうなら、秀吉より信長の方が合理的だったと思いますよ。
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天下を統一し、「唐入り」まで構想していた信長も「本能寺の変」で家臣の明智光秀に討たれ、その2週間後に安土城は全焼してしまったということです。信長がこの世を去ると同時に、この世から姿を消した安土城、本当に信長が好んで舞っていたという敦盛の「夢幻の如くなり」の城ですね。
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ついでに、これもアップします。安土城のフィギュアです。
以上、ファイルマガジン『日本の城DVDコレクション』でした。次回は、犬山城です。ここも現存天守ですよね。



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この記事へのコメント

夜桜お八
2020年05月14日 07:25
坂の上の蜘蛛さま 
 遂に出ました安土城。「幻の城」の代表ですから、天守(主)だけでも複数の推定復元図が。私自身は、天守内部に吹き抜けがある内藤昌案はナンセンスと思っています。あんなことをしたら火災の時天守が煙突になってしまうし、建物の強度も弱くなる。ヨーロッパの聖堂建築に影響されたというのですが、それは向こうが石造りの堅牢な建物だから出来ることです。ところが安土の資料館は、この疑問だらけの復元案模型が大きく展示されているんですね・・・。

そして各位殿
 きょうから緊急事態宣言が一部解除されます。もういい加減経済を動かさないと。六月からは平常ダイヤで、対症療法で乗り切る方向へシフトすべき。

 相も変わらず無責任で無知なテレビ。視聴者もここまで(何十年も)ウソをつかれ続けると、さすがにテレビのウソを見抜く眼力を備え始める。人間には学習能力があるのですから、それこそ視聴者を甘く見過ぎると、とんでもないことになります。

 例の岡田晴恵という自称専門家、専門家から総突っ込みを入れられている。「化けの皮が剥がれる」というのはこういうことか。
   
  https://www.youtube.com/watch?v=pleg51Czr2A

 日本人は「博士」という肩書に弱い。博士号=専門家と勘違いしている人が多いですが、それ、違うんです。
 
 この人は医師でも薬剤師でもない。医師(臨床)の仕事なんかしていない。だからテレビなんかに出て喋る時間があるのですよ(笑)。それに、私自身は実質的に経歴詐称じゃなかろうか、と疑っています。ぶっちゃけ、テレビにしょっちゅう出て喋っている自称「専門家」は、大概まがい物です。

 情報公害に注意しましょう。
2020年05月14日 09:27
夜桜お八さん、コメントありがとうございます。ルイス・フロイスがバチカンに書き送った手紙によると、安土城は堅牢な城で、ヨーロッパの城に匹敵するような城だと記しているようですから、少なくとも強度に問題があるような城ではなかったんじゃないかなと思います。
付録のDVDで驚いたのは、城の石段や石垣に石仏や墓石が使われてたと紹介されていたことですが、当時としては石が足りなくなったらそういう石を使うのは当たり前で、信長が特殊ではなかったということですね。
そう言えば、姫路城の門の石垣にも古墳から持ち出した石棺が使われてた所がありました。
それと、今の安土城の周りと当時の安土城の周りはほぼ変わってないというのにも驚きました。

博士=専門家ではないと言うのもわかります。あの!マンガの大御所、日本アニメーションの父と言われる、手塚治虫大先生も医学博士の博士号を持ってますよね。
でも、手塚大先生をテレビに出て無責任な言動を撒き散らしているエセ専門家と一緒にしたら申し訳ないですね。
夜桜お八
2020年05月14日 10:37
坂の上の蜘蛛さま
 正に仰る通りです。博士号は「大学院が博士課程修了生に与える称号」でしかなく、通用するのはその専門学界(会)だけですよ。世間一般から見れば博士は誰でも専門家に見えてしまう。まあテレビ局の狙いはそこでして、とにかく「博士号所持者」を連れてくればハク(箔)がつくとでも思っている。秀吉の「黄金の茶室」みたいに(笑)。洒落にならんアホさだ。

 手塚治虫先生は奈良県立医大の医学博士ですが、臨床経験はない。だから『ブラックジャック』は描けても、医師としては素人同然。私の主治医も愛読者だったらしいですが、内容については「うーん」と苦笑。まあ「その程度に読んでおけばいい」代物ということです。

 手塚先生が医師を目指したのは、ひいお祖父さん(手塚良仙)の影響でしょうか。今はご両人共、東京・巣鴨の曹洞宗・総禅寺に並んで眠っておられます。

 私が好きだったのが『アドルフに告ぐ』。もちろん相当なフィクションですし、史実的には「???」なのですが、面白くて最後まで読んでしまった。『週刊文春』の発売日が待ち遠しかったものです。

 

 
2020年05月14日 14:22
夜桜お八さんへ、『ブラックジャック』は私も愛読してました。

秀吉の黄金の茶室は、関白秀吉の威光を見せつけ、諸大名に侮られないようにするという政治的意図があったと思いますが、テレビ局のそれは専門家もどきな人を出して、それっぽいことを言ってもらって、情報番組ですよと見せかけるだけの幼稚な見栄でしょう。

さて、コメントをブログの記事の話題に戻しますが、フロイスがヨーロッパの城に匹敵するような堅牢な城と書いてるような城を木造で築き上げる当時の日本の技術はヨーロッパ生まれのフロイスにとって、驚きではなかったかと思います。
夜桜お八
2020年05月14日 17:57
坂の上の蜘蛛さま
 訂正します。博士号は、大学院博士課程を修了し、かつ博士論文を提出して審査に通った人が貰う称号です。博士課程を修了しただけでは、最終学歴は「大学院博士課程満期退学」。文学博士の場合、博論を書くまで大変なのですが、工学博士や医学博士は数が多い。正直言ってしまうと、医学博士号を取るのは比較的、楽なんです(笑)。

 岡田晴恵オバサンの経歴は、医者の目から見ればメッチャ怪しいですよ。これ以上は、その筋から「誹謗中傷」と見なされかねないので止めておきますが。私が言いたいのは、テレビで得意になって芸人と掛け合い漫才やるような医者は、かなりの確率でいかがわしいという一点だけ。
 まともなお医者さまは、医療行為(本業)で忙しいのですから。
 
 信長の時代、安土城の立っている安土山は琵琶湖に突き出した半島でした。つまり三方を琵琶湖に囲まれる要害。湖側には砲台もあった。船を浮かべれば琵琶湖を航行して京都へ直行できるし、とにかく地政学的に最高と思われたのです。

 しかし、誰がどう見ても、地政学的には大坂湾に面した大坂(当時)の方が上ですよ。だから信長は大坂が欲しくて欲しくて、石山本願寺と十年近い激戦を交えたわけです。その夢を叶えたのは秀吉で、彼が大坂城を建てたのはその石山本願寺跡。

 関東人の私は、新幹線で関ヶ原を越え、米原駅を通過すると「関西へ来た」と実感します。駅には新快速が止まっており、彦根城が見え、やがて比叡山も見えてくると、瀬田川を渡って京都・山科区。
 あっという間に京都着。

 嗚呼、京都行きたい、でもクソ高い拝観料はパス(笑)。
 
2020年05月14日 19:36
坂の上の蜘蛛さん、こんばんは。
安土城といえば、テレビでライトアップ(松明の火)されたというのを再現された図を見て、さすがは織田信長!やることのスケールが違うぜ!と思いましたね。
夜桜お八@真剣に憂慮しています
2020年05月14日 21:19
 『ガルパン最終章』に黄信号か? twitterを舞台に水島努監督と監修者・斎木伸生氏(自称フィンランド先生)がガチバトル

 いきなり扇動的な「見出し」をつけてしまいましたが、例の検察庁をめぐる法案について水島監督が反対意見を追書き込んだら、『ガルパン』監修者の斎木氏らがこれに反発し「論争」が発生。要は、元々アナーキスト(無政府主義)的=左翼的な考えに親近感を感じている水島監督と、保守的な斎木氏らの思想対立というわけである。

 コロナ禍でストレスが溜まっていたのでしょうが、何とも言いかねる事態になってしまいました・・・。下手すれば『最終章』存続が危うい。続いても継続高校の登場は微妙か、よくても監修者が抜け品質劣化。

 ある人が要旨こんなことを書き込んでいました。

 「水島監督はガルパンの人気が出過ぎて、長時間ガルパンに拘束されて嫌気がさしている上に、自分の思想と正反対の右寄りファンが集まって来てしまい、疲れてしまった。もうガルパンの今後について真剣な思い入れが無くなり、ツィッターで自分の思想信条を遠慮なく書き始めたのだろう」

 正直、私も同じ感想を持っています。
 低品質な作品を急いで作りお客さんをガッカリさせるのもダメですが、作品の間が開き過ぎるのもダメなのです。籠城と同じで、普通の人はそんな長い「間」をジッと我慢してくれるほど、我慢強くもないし、親切でもない。

 コロナでアニメ業界全体が大打撃なところに、事もあろうにスタッフの分裂とは・・・。
 真剣に憂慮しています。



 
2020年05月14日 22:37
夜桜お八さんへ、ファイルマガジン『日本の城DVDコレクション』第5号では、信長は大阪に築城しようとしていたとの記事がありました。大阪城築城、唐入り、これが信長の構想だとしたら、秀吉はこの信長の構想を踏襲していたことになりますよね。

『ガルパン』ファンとしては、あまり聞きたくない情報ですね。
でも、どちらかしか残れないとしたら、斎木伸生氏に残ってほしいです。
変な話し、私が作品を見て、誰が監督かわかるのは4人だけなんです。
つまり、たいていの作品は途中で監督が代わってもわからない。
私はアクタスなら、誰が監督でも『ガルパン』は作れるんじゃないかと思ってます。例えば、『ろんぐらいだぁす!』で監督をやった吉原達也さんなら大丈夫なんじゃないかな?と思いますよ。
それと、『ガルパン』の公開スパンが長いのは、できるだけ長く『ガルパン』人気に浴していたい大洗町の思惑もからんでいるのではと思います。
これは、私だけでなく、友人も言ってました。冗談めかして言ってましたが、半分マジだと思います。
2020年05月14日 22:43
とある星人さん、コメント&気持玉ありがとうございます。
安土城の松明でのライトアップ、付録のDVDでも紹介されてました。
「盂蘭盆会」というお盆の行事として信長が執り行ったんですよね。
信長は神も仏も信じない「無神論者」みたいに言われてますが、意外とそうでもなかったんじゃないかと思ってます。
夜桜お八
2020年05月14日 23:22
坂の上の蜘蛛さま
 エンタメとして『ガルパン』を楽しんでいる私共としては、いくら場外乱闘とはいえ、製作サイドがガチ喧嘩は勘弁して欲しいですよね。ドン引きします。パヨクには「JKが戦車なんか乗ってドンパチなど、怪しからん」と本気で息巻いている奴もいるらしい。ただでさえ「目立つ作品」なんですから慎重に振る舞って欲しいのに、困ったオッサンたちです。

 ミリオタ=保守思想という方程式は実は成立しなくて、パラメーター振り切った熱狂的ミリオタが、実は「平和憲法を守れ~」なんてシュプレヒコールを上げつつ街を練り歩いていたりする。

 言っては悪いかもしれませんが、水島努監督は『ガルパン』以降の作品は全然ヒットしませんものね。『迷家』なんて誰がどう見ても大コケだったし、『劇場版SHIROBAKO』も惨憺たる結果だったらしい(コロナのせいもあるが)。
 どちらかが残るなら、斎木さんが残るべきだと私も思います。

 私も余程安心した場所以外では、絶対に政治と宗教の話なんかしません。この掲示板はそれだけ自由があり安心できるということです。
 感謝しています。
 
 そう言えば、大洗は「観光地としての魅力が日本最下位」の茨城県でした・・・。降って湧いた幸運を逃すまいと必死なのでしょう。
 気持ちはよく分かります。
クラシックY
2020年05月14日 23:30
お、戦国城郭界のスーパースター登場ですな(笑
これも是非タイムマシンで当時の「本物」を見てみたいお城です
天主にしても御殿にしても、戦国建築ワンダーランドの極致☆
信長気分で城内をゆっくり散歩したい(で、見物人からは銭を徴収するw

天主が吹抜け構造?ありましたね
映画「火天の城」で、ゼネコン(笑)の西田敏行棟梁が、信長の命通り吹抜け構造に造られたプレゼン模型に火をかけて燃やしてしまうシーンがありました
実際はどうだったんでしょうか
信長なら「ワシの城が燃える(攻められて落城する)などあり得ぬわ。心配は無用ぞ。空前の天主を建てよ!」とか言いかねない(笑
あぁ本物を見て確かめたい(悶絶。。

ところで…
坂の上の蜘蛛様
信長はその天主で寝泊まりすることもあったと言われていますが、それについて何か記述はありましたでしょうか?
彼なら実際にやりそうなので(笑
で彼にしか見られない「夢」を見ていそうです(笑

今夜のNHK NW9は途中から大阪局に切り替わり、吉村府知事の緊急記者会見の生中継になりました
「大阪モデル」の緒戦完遂を受けて、自粛要請の段階的解除に向けての府民への詳しい説明を行いました
ようやく踏み出せた第一歩…感染症抑制と経済再起動の二正面作戦はこれからが本番ですね

で…
映画館が再開決定!
万歳三唱☆☆☆
夜桜お八
2020年05月15日 06:23
クラシックYさま、坂の上の蜘蛛さま
 実は、映画『火天の城』の描写の背景には、安土城天守をめぐる論争がありました。
 
 名古屋工業大学教授・内藤昌氏が復元した安土城天守は中央に巨大な吹き抜けと能舞台があり、地下に宝塔が。自分を神と見なした信長が天に君臨するのだとかナントカ。この復元案は世間にショックを与え、安土町の城郭資料館(正確な名は失念)まで、この内藤案の復元模型を展示している。

 結論だけ記すと、この内藤案(内藤先生は建築専門の工学博士)には歴史研究者から強い疑問が提出されました。学界を挙げての大論争が巻き起こった。建物の強度が足りなくなるし、火災時には煙突になる。映画の描写通りですね。
 
 実際、公平に見て歴史研究者の批判は理に適う。ヨーロッパの石造建築ならば巨大な吹き抜け空間が可能だが、木造建築主体の日本でそれが可能だろうか。地震国日本では石造建築は建てられない。高温多湿の風土だから木造が一番だが、落雷・火災に弱いという致命傷がある。

 現在では、吹き抜け天守を支持する見解は建築界でさえ少数派ではないでしょうか。

 織田信長が鉄張りの軍艦を造ったという定説も、実際はかなり疑問らしい。もちろん鉄砲隊も怪しい。長篠の戦は「鉄砲✕騎馬軍団の戦」などではなく、野戦築城に武田軍が攻めかかって消耗した戦でしかなかった。そもそも、鉄砲を大量配備していたのが織田信長だけだったなんていう怪説、妄説を誰が言い出したのか。

 あの『武功夜話』のような嘘っぱちが、戦国時代史には多過ぎます。

 
2020年05月15日 09:53
夜桜お八さんへ、私はよほど特徴のある演出を好む監督でないと、監督の違いなんてわかりません。
だから、『ガルパン』らしささえ失わなければ、誰が監督でもいいんです。例えば、『けものフレンズ』は第1期と第2期で監督が違いますが、違和感なく見られました。

安土城はある意味、おもしろい城です。これまで『日本の城DVDコレクション』で紹介された、姫路城、彦根城、松山城などにあった、複雑に折れ曲がった石段や櫓や侵入してきた敵を四方から弓と鉄砲などで攻撃する枡形などの防御設備の跡があまりないんですよね。つまり、城の防備がかなり脆弱に見えるんです。天下を統一して、もう俺に逆らう者はほとんどいない!という信長の自信の表れだったんでしょうか。
ちなみに、高知城も枡形が残っていませんが、近くに枡形と地名があります。たぶん、高知城の枡形があった場所なのでしょう。

コメント欄に関しては、そう言って頂けると続けていく意味があります。ありがとうございます。
最低でも、管理者として不適切なコメントは勇気を持って、躊躇なく削除を決断していきたいと思います。でないと、あの!ヤマトの談話室のようになってしまう。
2020年05月15日 10:01
クラシックYさん、コメントありがとうございます。信長が安土城の天主によく登って、下の町を眺めていたらしいという説明は付録のDVDに紹介されてました。
信長がこの世を去って、忽然と姿を消した安土城、本当に不思議な城ですよね。
夜桜お八
2020年05月15日 11:37
坂の上の蜘蛛さま
 斎木伸生さん(フィンランド先生)のような、単なるミリオタではない研究者(学究)肌の人がサブカル世界に首を突っ込んできたのを見て、正直、最初はかなり驚きました。まあ「作品にいい刺激をくれれば」と淡い期待はしていたのですけれども。それだけに、こういう場外乱闘は本当に残念。ご自分の名声(フィンランド軍事史の研究では、学会でそれなりに認められている人です)に傷がつかぬよう、斎木さんが身を引く選択肢もありでしょう。

 水島監督が「フィンランド軍のパロディをやるなら斎木だ」と決め白羽の矢を立て、せっかく協力関係になったのに。水島監督のツィートにキレた斎木さんもだが、監督も斎木さんを「自称関係者の人」と書いていますよ。これはマズいですわ。人間関係が一発で木っ端微塵。
 どうか、こんなことで作品が致命傷を負いませんように。

 信長は自信満々だからこそ、殆ど丸腰で本能寺なんかに泊まったのでしょう。厳重な身辺警護つきで安土城に泊まるのが筋なのに。誰か一人でも配下の武将が近畿地方にいれば、光秀もクーデターなんかに踏み切れなかったと思う。「天下に俺に歯向かう奴などいない」という油断。

 『麒麟がくる』一時放送休止になるそうです。
2020年05月15日 21:56
夜桜お八さんへ、政治や思想的な発言は爆弾のようなものだと思います。場所をよく選ばないと仕事にも支障が出る。
エンターテインメントの場合は、それを楽しみにしてる人たちも失望させる結果になる。それは、『ガルパン』という作品の商品価値を下げることになる。プロなら自らの作品の商品価値を下げるようなことをするべきではない。

それと、本能寺の時、信長の近くにいた重臣は明智光秀だけでした。見方を変えれば、信長にすれば一番信頼できる家臣は光秀だったということはできないでしょうか?

『麒麟が来る』、しばらくは特別編集版を放送する予定だとか?一日も早い撮影再開を祈るのみ。
クラシックY
2020年05月15日 23:27
夜桜お八様
坂の上の蜘蛛様
吹抜けだったかどうか天主を含め「安土城」は色々と思索を誘う城ですよね(笑
そもそも「天守(天主)」という呼び方は安土城以前からあったのか?
もし安土城のそれが初めてなのだとしたら、「天主」という呼び方を含めて、坂の上の蜘蛛さんがおっしゃる様な防御の薄さ、無防備な直線階段等々を勘案すれば…安土城には軍事施設である以上に政治的シンボルとしての存在感を、信長は求めたのかもしれません
もしそうなら、そのこと自体この時代では画期的な事です
(例のお城ライトアップなどは、通常の「城」という軍事施設で行うなど前代未聞。この事もその証左と言えるかもしれない)
石山本願寺を除く五機内制圧をほぼ完了し「天下布武」ファーストステージ完成を目前に、信長が築かせた安土城
とても不可思議で魅力的なお城です(笑
余談…
そんな安土城だから、実戦で籠城すれば大坂城や熊本城の様には保たなかったかもしれませんね(笑
余談その二ですが(笑)、信長も眺めたであろう天主からの眺望は最高だったでしょうね
特に夕景…琵琶湖対岸の比叡山や比良山系に沈む夕陽、そしてその陽を浴びて金色に輝く湖面
自分が建てた大天主の上でその眺めを独り占めにしながら、信長は何を思っていたでしょうね

「麒麟がくる」休止は残念ですが、とりあえず「完走」を目指して欲しいです
次回以降、越前編になるので若干テンション下がってますが(苦笑

一番かどうかは別として、信長は光秀を信頼…というか背くなどとは1ミリも思っていなかったんでしょうね
僕は信長サイコパス説に一票派ですが、信長はそれ以前に起きている松永久秀謀反の教訓を全く感じていないんです
実は松永久秀が謀反に至る経緯と、明智光秀謀反の経緯は非常に似ているんです
普通は一度そんな経験を経れば、次は注意するでしょう
ところが光秀に久秀同様の「無神経」で「残酷」な扱いをしておいて、それでも光秀に警戒心を抱かない
ここが信長のサイコパスなところです(笑
「待てよ。光秀は今、一万を超える軍勢を整えて丹波に居るな…。ひょっとして奴は松永みたいにオレにキレて向かって来ねーだろうな? 裸で本能寺に行くのはちょっとやべーかもしんねぇな」と少しでも考えていたら…「本能寺」は無かったかもしれません(笑
2020年05月16日 13:40
クラシックYさんへ、安土城天主への登城道は4つあったとされ、付録のDVDでは、その内の「大手道」と「百々橋口道」の2道が紹介されてました。
従来の説では大手道が登城のメイン道で、百々橋口道はサブだと考えらてきたようですが、実は、百々橋口道がメイン道で、大手道は限られた人(信長以下の織田家重臣たち)しか通れなかったのではないかという新説が出てきてるようです。
というのは、大手道の前は田畑が広がってるだけの田園風景、かたや、百々橋口道の前は住宅地がある街なんです。
これは、当時の絵図面を見ても全く同じで、安土城の周囲の風景は変わってないということです。
そうすると、当然、百々橋口道の前が城下町というになりますよね。
なにしろ、百々橋口道を上って行くと聰見寺の山門と五重塔と本堂があり、そこまでは、だれでも上がって行けたそうです。そこから本堂に手を合わせると自然に安土城の天守に手を合わせることになり、信長に手を合わせるということになる。

大手道は、石段の幅が広く人間の歩幅というより馬の歩幅に合わせて作られているという感じで、馬の乗ったまま上がって行けるんじゃないかと思います。
馬に乗ったまま城に行けるのは、当然!限られた身分の織田家家臣たちと考えられ、大手道は特別な道だったというのが、新説です。

安土城の防御が脆弱に見えるのは、おっしゃる通り要塞としての城というより、政庁としての城だったからでしょうね。
夜桜お八
2020年05月16日 16:21
各位殿
 雑感です。お時間のある時にお付き合い下されば幸いです。

 「信長にとって最も信頼できる家臣は光秀」
 これ極めて重要です。多くの歴史研究者や歴オタが意図的に無視しているのか、あるいは単に気付かないのか。
 そうなんです。明智光秀って、文字通り織田家の出世頭なんです。柴田勝家や羽柴秀吉より序列が上だった。信長配下の武将たちで一番最初に城を持ったことといい、朝廷(上級貴族)や足利将軍家とコネがあることといい、メチャクチャ有能な人だったのである。
 
 結果だけ見ると光秀は主君殺し~三日天下の人。しかし信長はあの日あの時まで「光秀が自分を殺す」なんて夢にも思っていなかった。その点から考えても、やはり本能寺の変は光秀の単独犯行ですよ。

 城の堅固さについて。秀吉も大坂城を大規模かつ堅固な要塞として築いた。あそこは豊臣家のプライベート空間でもあったから。しかし伏見城や聚楽第は穴だらけの防御。政庁だったからです。
2020年05月16日 16:45
夜桜お八さんへ、従来の説では安土城の大手道には織田家重臣の屋敷が立ち並んでいたとされていたようですが、新説では重臣の屋敷の跡とされてる所は、祐筆や政治を司る奉行の仕事場、今で言う官庁街だったのではないかとしています。

大手道には織田家重臣の屋敷が立ち並んでいたという説は、江戸時代に作成された絵図面からきたもののようですが、この絵図面がなんともインチキ臭くって、そこに描かれている重臣の屋敷は「徳川家康」「羽柴秀吉」「前田利家」の3人の屋敷のみ、「明智光秀」「柴田勝家」「丹羽長秀」「佐々成政」の屋敷などが描かれてないんです。
織田家重臣の屋敷が立ち並んでいたと言うなら、これらの重臣たちの屋敷もあってしかるべきだと思うんです。
2020年05月17日 10:03
坂の上の蜘蛛さん、こんにちは。
プラモの「安土城」も、この形の安土城ですね。
数年前に、デアゴスティーニの「週刊 安土城を作る」を制作された方のブログを見て、凄いと思いましたね。
2020年05月17日 20:25
日々散財さん、コメントありがとうございます。実際の安土城がどんな城だったかは謎の部分が多いんですが、実際に安土城を見たルイス・フロイスが「ヨーロッパの城に匹敵する堅牢な城」と書き残してる以上、吹き抜け構造になってたり、最上階に能舞台があったりすることはなかったんじゃないかなと推測してます。